マークスはおば夫婦を殺害した後、夫婦が横たわっている部屋の窓をテープで目張りした。これで腐敗臭が外に漏れるのに時間が稼げる。
店のシャッターを下ろし、旅行に出かけるためしばらく休業する旨の張り紙を偽装して現場を立ち去った・・・
これは高村薫氏の傑作ミステリー「マークスの山」の1シーンで、殺人鬼の二重人格を持つ主人公マークスが殺人事件の発覚を遅らせるために行った隠蔽工作です。
街中の家で人が死んで、死亡の事実が明らかになるのは「異臭がする」という近所の人からの通報で警察が現場へ踏み込むケースが多いのでしょう。
事実、そういうケースの報道がいくつもなされてきましたから、上記のミステリーでも犯人が必死でそういう隠蔽工作をするのもすんなりと理解できるのです。
さて、話は少し変わって、脊椎動物以上の生物の死というものはどういう課程を経るのでしょうか?
死と同時に各臓器の機能が停止し、骨格筋と関節の硬直が始まり数時間で死後硬直が起きる。
まず、胆嚢をはじめとする内臓で酵素による組織破壊が進み、腐敗が始まる。
自然界では腐敗臭をかぎつけたハエが死体に卵を産み付けて・・・ここらへんで止めておきましょう。
私がまだ5、6歳の頃(40年ほど前の事です)の街にはノラ犬やノラ猫がいっぱいいて、車ではねられて死んだ死骸の処理ものんびりとしたものでした。
ですから、鼻を突くような腐敗臭というものはちゃんと嗅脳に記憶として格納されているのですが、今の若い人はどうなんでしょう?
話はもう少し変わります。
先程の生物死の課程で腐敗の進行を遅めて、生物の形を極力残す手立てがあります。
ミイラ化です。
内臓で酵素による組織破壊が進むと書きましたが、死の直後、その内臓を取ってしまえばいいのです。
骨格筋は乾燥させれば、十分日持ちします。
それをヒトの体で実践したのがピラミッド時代以来の「ミイラ」です。
そして、サカナの体で実践したのが「干物」です。
さて、この夏100歳を超えるお年寄りの身元が確認されない、という報道が続きました。
私がこの報道の第1報を聞いたときの印象は、-年金目的だな-ということと-これは氷山の一角でこれからどんどん発覚するだろうな-ということでした。
その報道の中でも仰天したのが、押入れの中から遺体が座った状態でミイラ化して見つかった、というものでした。
まさか、エジプトのピラミッド時代のように死体をミイラにするための処理をしたとは考えられない。
何らかの条件が重なってミイラになったんだろうか?
そう考えていた時に思い浮かんだのが、「即身成仏」
仏教のどこの宗派か知りませんが、穴蔵の中の小さなスペースに埋められて、飲まず食わずで経文を唱えながら即身成仏してゆく。
確かあれもミイラのようになった例があったような気がします。
体の水分量は産まれたばかりが乳幼児が1番高く、普通は60%、高齢者になると50%代に低下するのですが、即身成仏のような過酷な環境ではさらに体内水分が失われているのではないでしょうか。
それが内臓での酵素による組織破壊の進行を食い止め、身体全身がカラカラに乾いた「ミイラ」状態になる原因ではないのかと考えたりするのです。
ということは、亡くなってミイラになった方も死の直前は身体の水分は極限に少ない状態だったのかな、と思ったりするのです。
この世に産み育ててくれたありがたい存在の親が無くなった時、年金目的のため荼毘にもふさず、周囲へ腐敗臭がもれるのを防ぎながら何十年と一つ屋根の下で暮らし続けた人達が大勢いたというこの一連の報道。
これは稲川淳二の怪談よりも恐ろしいホラーだと思うのです。