☆横浜関内をウロウロと・・・☆

先日、所用があって関内から山下公園方面へ歩いてきました。

 

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横浜公園内の横浜スタジアム

 

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ここは横浜スタジアムの周りの花壇です。時刻は12時過ぎ。

チューリップが満開です。

 

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この日はとても天気が良く、湿度の低い五月晴れの日でした。

この噴水の周りでは、近くのオフィスからお弁当を買ってきて木陰のベンチで昼食をとっている人が大勢いました。(気持ちいいだろうな)

妻の携帯電話にも3年前の4月20日にこのチューリップが満開の風景が保存されています。その時はここから神奈川県のパスポートセンターへ向かっています。海外旅行の予定もないままに「海外に行きたい!」とパスポートを取ったんだとか。その時に私も同行してこの光景を見ているんです。

 

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風景をスケッチしてる人も大勢いました。

さて、私もここを通り抜けてパスポートセンターへ。

え?何しに行くかって?

2年前に切れたパスポートを再び取りに行くためです。この時期海外に行きたい!という腹の虫が誰かの中でうずくのか。近々某国の某島のホノルルという市街地に引き回されに行く予定です。

私いわく「ホノルル市中引き回しの刑」に処されるわけですな。


☆面白い映画を見てきたよ☆

前回はスパムメールがストーリー展開を持って送って来られたらどうしよう―という私の空想癖を膨らませた話でした。

今回は空想癖つながりで前回の「お母さんより 隆文へ」のメールが送られてきた4月2日に見た映画の話です。

その映画は「LIFE!」
YAHOO!映画のサイトからこの映画の紹介文を転用します。

―凡庸で空想癖のある主人公が未知なる土地への旅を経て変化していくさまを、ベン・スティラー監督・主演で描くヒューマンドラマ―

 

はっきり言って私は、フランスやイタリア映画などの人間関係を淡々と描くタイプの作品は好きではありません。

だから、ヒューマンドラマという言葉自体好きではありません。

ハリウッド産業の術中にはまった映画ファンで、SFX大好き、アクション大好き、銃撃戦大好き人間なんです。

 

ここ何年かで見て面白かった映画はレオナルド・ディカプリオ主演の「インセプション」ずーっとさかのぼってキアヌ・リーブス「マトリックス」など。あえてフランス人の監督を挙げるならリュック・ベンソンぐらいでその中でも「グラン・ブルー」よりは「レオン」のほうが面白いと思うし(いかにもハリウッド的でしょ)

 

妻が見たいと言っていたし、ラジオでも面白かったと「Mondo Musica」の野村さんが言ってたな~と思いながら朝寝坊している時に
妻が
「チケット、クレジットカードで先に買っとくね」

どれどれどんな映画かと、ベットから起き出してネットで調べて出てきたあらすじの紹介文が上のものです。

以下、ダウンタウンの浜ちゃんのような言い回しで私の独り言が始まります。

「ひゅーまんどらまぁ~、けっ!そんなもんTVでやりさらせ!」
「金払って映画見るんやから、ドッカンドカンと銃撃戦やらロケットランチャーの1つでも出してこんかい。」
「そんで、爆発シーンとド派手な炎は絶対必要やろ!」

 

ところが、出てくるのです。このヒューマンドラマには(笑)

空想シーンと未知なる土地への旅で

 

この映画は面白かった!
見た後のスッキリ感が良い

映画サイト「Movie Walker」で見て良かったランキング1位になるのもうなづけます。

旅のシーンの映像がとても綺麗なのでロードショー中に大きなスクリーンで見るのがお勧めですよ。

それと、何の予備知識も持たず、予告編を見たりしないで映画を見るほうがより楽しめますよ。


☆お母さんより 隆文へ☆

私のネット歴はこのブログの関連サイトの開設が2001年12月1日だから、約12年半ぐらいでしょうか。

その間色んなメールを見てきているのですが、昨日4月2日奇妙なメールが届いたのです。

今まで見た中で秀逸な内容なので全文掲示します。

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【タイトル】

お母さんより

【本文】

隆文へ

元気にしてますか?お母さんです。突然のメールでごめんなさい。
あなたの携帯がつながらなかったので、川口君に連絡先を聞いて
メールしました。

お父さんが仕事中で事故に合い、今記念病院に入院してます。
仕事忙しいと思いますが、よかったらお見舞いに来て、顔を見せて
あげてください。

左足の骨折ですんで本当によかったです。ただもうお父さんも歳
なので元気づけてあげてください。きっと喜びます。

あと佐々木君が来月に結婚するそうです。招待状を送りたいので
あなたの新しい住所を教えて欲しいと言ってました。

とにかくメールをみたら一度お母さんに連絡ください。

平日はパートに行ってるので、17時には家にいます。

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これは何だろう?

私の名前は隆文ではないし、母はパソコンなんて触ったこともないし。

間違いメールであろうか?

川口君が間違えたのであろうか?

やはり何らかの返信を促す「スパムメール」ではなかろうか?

そう思い本文の一部をコピーペーストし、検索するとやはりズラズラと同じ内容が送られてきたとのサイトが並んでいるのです。

しかも、着信日も同一の4月2日らしい。

 

川口君は大量に間違えたのであろうか?(笑)

 

このメールの内容には2つの事例が緊急性を持って盛り込まれています。

お父さんの事故(不幸なこと)

佐々木君の来月の結婚(めでたいこと)

 

返信の緊急性を感じさせられます。

思わず私も「見ず知らずのお母さん、あなたの送ってきたメールは間違ったメールアドレスに送信されていますよ」

と返信をしようかと思わせられてしまいます。

 

これは、親切な返信者を数多く集めるスパムメールなのでしょうか?

 

私の想像では、ステップメール形式(あらかじめ起>承>転>結のようなメール内容を作成しておいて

日を変えて送ってくるもの)だったりするのでは?とも思っています。(そこまで手が込んでいないか)

 

例えば、

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【タイトル】

お母さんより

【本文】

隆文へ 先日のメール見てくれましたか?

返信がなく不安です。

お父さんの容態もおもわしくなく、あなたに早く会いたがっています。

佐々木君からも再度連絡が来ました・・・・・etc

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おい、隆文のお母さん ちょっと焦っているじゃないか。

 

間違いメールなんだろうが、このまま放っておいてはこちらの良心が傷む、とういようなストーリー展開で

段階的に送ってこられたらちょっと嫌だな。

さらに、緊急性が増してくると、

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【タイトル】

お母さんより

【本文】

隆文!!

なぜ返信してくれないのですか!

お父さんの容態が悪くなってきてます。

骨折した箇所は大丈夫だけれども、高熱が下がらなくて。

お医者さんは院内感染かもしれない、とボソリと言ってました。

早くこのメールを見て返信してください。

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おいおい、隆文 お母さん怒ってるじゃないか。

隆文の名前の横に!!まで付いてるぞ。

早く連絡しろよ!などとつい感情移入してしまう。

 

こういうステップメールが来たら、やっぱり嫌だな。

 

私はプロバイダーの段階で迷惑メールフィルタをかけて、それでもフィルタをくぐり抜けて受信したメールはメールソフトで今後受信しないように設定してあるのですが、このメールに関しては続編があったらどうしようと思い通常通り受信できるようにしているのです。

 

それがスパムメール発信業者の思うツボだったりして。

 


☆サクラサク?その2☆

今年の冬は大変寒く、春の彼岸までその寒さが続きました。

桜の花は例年よりもずいぶん遅いのかと思っていたのですが、例年より少しだけ遅いペースで花が咲くようです。

昨日は定休日だったので、鶴岡八幡宮の段葛の桜を見てきました。

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ここは二ノ鳥居のところ。

5分咲きというところでしょうか。

面白いのが、場所によって咲き方が違うんです。

 

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ここは三ノ鳥居近く。

ほとんど咲いていないのがお分かりでしょうか?

 

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段葛中ほどの三井住友銀行前。

3~4分咲かな。

 

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接写してみる。

色が白い。

 

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ここはハトサブレーの豊島屋前。

色がピンクがかっています。

 

以前も触れましたが、この段葛は源頼朝時代から遠近法をうまく使って設計されており、二ノ鳥居の道幅は広く、三ノ鳥居の道幅は狭く作られています。それによりより長い道に見えるからです。

(この2つの画像からでもお分かりかと思います)

そういったものを楽しみつつ、場所により咲き方や色が微妙に違うのを楽しめます。

 

今回の雨は花散らしにならないようで、今週末も花見を楽しめそうです。

 


☆鎌倉ホワイトアウト☆

いや~今日はすごい雪です。

横殴りの吹雪はすぐに人の足跡を消し、一面真っ白な世界に。

鎌倉でのこんな大雪は何年ぶりだろう?

 

 

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ここはいつもの通勤道路の若宮大路。

一の鳥居の少し海寄り。

ズームで一の鳥居に寄ってみると・・・

 

 

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ここは東北か北海道か、という見慣れない風景。

このシーンのBGMに石川さゆりの「越冬つばめ」が似合いそうです。

その曲をご存じない方はこちらのYouTubeを>>>YouTube Preview Image

♪~季節そむいた冬のツバメよ 吹雪に打たれりゃ寒かろうに ヒュルリ ヒュルリララ~♬

まるで、そんな世界です。

 

 

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ここはいつもの六地蔵交差点。

 

 

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階段はこんな状態。

今日来てくれる人のために(こんな大雪でもありがたいことです)・・・さぁ雪かきをしよう!

 

 

 

 


☆司馬遷に遠く及ばず☆

最近ご来院頂いた方にお渡しする私のプロフィールの最後は「歴史小説とバーボンをこよなく愛しています」で締めくくられています。

このプロフィールの通り、毎晩浴びるように酒を飲み、2~3日に1冊のペースで本を読んでいます。読む本のジャンルは医学・健康分野からビジネス書等も読むのですが、1番多いのは歴史物と小説。なので歴史小説が1番数多く呼んでいる事になります。

 

最近のお気に入り小説家は「北条早雲の軍配者」の富樫倫太郎と「下町ロケット」の池井戸潤。

池井戸潤はドラマ「半沢直樹」でずいぶんブレイクしましたね。池井戸潤の小説の解説でハードボイルド小説の大沢在昌が以前から注目していたこと、小説の構成力等を賞賛していました。

その中で大変興味ある指摘がありました。要約するとこうです。

複数の人物とシーンを同時に進行させてクライマックスに持っていく、という手法を得意としている小説家は歴史物にたとえると「歴史小説」を描くタイプで、一人の人物を深く掘り下げて描く手法を得意としている小説家は歴史物にたとえると「剣豪小説」を描くタイプで、池井戸潤は前者のタイプでこれからも面白い作品を世に出すことだろう。

この書評を読んだとき、自分が好きな小説家のタイプは―プロットがしっかりしていて、複数の登場人物が複数のシーンで同時並行してクライマックスを迎える―ものなのかと今更ながら気づかされたのです。

先程のタイプ分類で歴史小説の雄が「坂ノ下の雲」の司馬遼太郎で、剣豪小説の雄が「剣客商売」の池波正太郎でしょう。

さて、司馬遼太郎を私がどれだけ読んでいるかと言うと、長編小説はほぼ全て。その著作量がどれぐらいかというと、これぐらい→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E9%A6%AC%E9%81%BC%E5%A4%AA%E9%83%8E#.E9.95.B7.E7.B7.A8.E4.BD.9C.E5.93.81.E4.B8.80.E8.A6.A7 

講演・エッセイ・対談集もほぼ全て。「街道をゆく」シリーズが8割がた残るのみです。

 

で、今回以前から一度は行ってみたかった司馬遼太郎記念館に行ってきました。場所は近鉄河内小阪駅か八戸ノ里駅から徒歩10分ほど。司馬遼太郎のエッセイにも出てくる八戸ノ里駅周辺を散策しながら行きたかったのですが、当日JRで事故の関係で1時間20分も足止めされて4時を回っていたので河内小阪駅から歩くことに。

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これは実際の書斎。

「街道をゆく―濃尾参州記」の執筆中に急逝され、その時のまま保存されているそうです。

 

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これはパンフレットの抜粋で展示室の大書架

高さ11メートルの壁面一杯に2万冊の蔵書が並べられているそうです。実際の蔵書はその3倍の6万冊だそうです。

司馬遼太郎は1冊の本であれば、15分ほどで読めたそうです。速読ではなく、フォトリーディング(開いたページを画像として記憶してしまう)を中学生の頃からしていたようです。(だからこれほどの蔵書に眼を通せたのでしょう)

一人の主人公を描くとき(竜馬がゆくで有名なエピソードですが司馬遼太郎が参考にするために竜馬関連の書籍が買い取られて神田の古本屋街から消えてなくなってしまった)数多くの資料を渉猟し、人物に立体像を与え、俯瞰的にその時代を描き出す。こういう手法の物理的証拠としての圧倒的蔵書量が感じられる展示室です。

さて、司馬遼太郎のペンネームの由来は今回のタイトルの中国の歴史家―司馬遷に遠く及ばず―

私が最も好きな小説家の一人です。

ある朝、妻が私に向かってこう言います。 「昨日なんか寝言言ってたよ。でもそれが変わっていてね、なにか朗読しているような感じなの。」

 

そうです。

その夜は夢の中で司馬遼太郎の小説を朗読していたのです。

 

 


☆伊豆・小田原旅行記その3☆

宿泊前日までの天気予報では台風17号は本州を縦断の見通し。
静岡も未明から雨-という予報でした。

が、しかし、明けてみれば空は薄曇。
朝食を運んできてくれた、仲居さんも
「天気は何とかもちそうな雰囲気ですね。」

せっかく歴史上の名所があるのに、と後ろ髪を引かれながら、小田原に向け電車に乗ることに。
車中、先程話に出た「疾き雲のごとく」のシーンを思い出します。

―小田原城主 大森氏頼とのかかわりから小田原を攻めるまでの、早雲の話もあったな―

あらすじはこのようなものです。
小田原の名将 大森氏頼は余命いくばくも無いときに、盲目の仏師 玄舜を招聘する。
大森氏頼の依頼は箱根に祈願寺を建て、神仏混交像を作り、西方(西の新興勢力伊勢宗瑞)に睨みを利かせて欲しい。
寺建立の寄進は自分の生存中は続けるが、跡継ぎは信仰心が薄い。
自分の死後、我が家から寄進が絶えても、何とか方策を見出し、仕事をまっとうして欲しい。

大森氏頼の死後寄進は途絶え、その日の生活に困窮するようになりますが、仕事をまとうするため、玄舜は新たな当主の後見人である氏頼次男の藤頼に寄進を依頼しますが断られます。

藤頼は寄進を断る見返りに玄舜に領国内での勧進(社寺造営のための募金活動)を許可します。

街頭で玄舜の勧進を見た伊勢宗瑞は多額の寄進をし、仏師が日頃が勧進していては仏像の作成が進まないではないかと問いかけます。
宗瑞は伊豆で盲目となった修行僧を玄舜に預けるので、一部を仏師の見習いとし残りは勧進聖としてはどうかともちかけた。

宗瑞が箱根の山を越えて関東に進出するためには、小田原の大森氏が障害となっていたのですが、今は相模国内の情報が乏しい。
結末は玄舜に預けた勧進聖は乱破(忍)で、相模国の内情を調べさせ、内部分裂を図り大森氏を打ち破り小田原の地を手に入れる、と言うものです。

 

このようにして関東進出の機会を得た北条早雲こと伊勢宗瑞の一族は北条氏(鎌倉執権の北条氏と区別するため後北条氏とも呼ばれますね)は五代にわたり小田原を拠点とします。

 

今手元の「小田原城関係略年表」を見ています。
1496年 北条早雲、小田原へ進出
1561年 上杉謙信、小田原城を攻める (確かこの後鎌倉の鶴岡八幡宮を訪れていたんじゃないかな)
1569年 武田信玄、小田原城を攻める
1590年 豊臣秀吉の小田原攻めにより、北条氏滅亡

上杉謙信、武田信玄という戦国時代随一の名将に攻められても陥落しなかった、難攻不落の小田原城とはどのようなものだったのでしょう?

 

 

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これは小田原駅の遊歩道から撮った小田原城の遠景。

その後ろにそびえているのが箱根の山。

童謡「箱根八里」に以下のような歌詞があります。

♪~ 箱根の山は、天下の嶮(けん) 函谷關(かんこくかん)も ものならず
萬丈(ばんじょう)の山、千仞(せんじん)の谷 前に聳(そび)え、後方(しりへ)にささふ
雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす 昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木~♫

小学校の学芸会の芝居の時に箱根の関所シーンで挿入される歌だったのですが、今でも覚えているんです。

このように陸路としては、急峻な山に背後を守られた要害の地なのです。

(頼朝が選んだ鎌倉も三方を山に囲まれ、一方は海に開けています。守るに易く攻めるに難い。万が一には海路から逃亡できる絶好の地だったのでしょう)

 

 

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ここはお堀から二の丸へ向かう学橋

 

 

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馬屋曲輪から二の丸に通じる場所の銅門

 

 

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本丸の正門にあたる常盤木門

 

 

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天守閣

この時空はほぼ快晴

天守閣内の歴史資料展示を見ること30分ほどで、外は土砂降りの雨に。

 

 

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これは天守閣最上階からの展望風景。

まだこのときも強い雨が降っています。

城郭の先に海が見えるのですが、お分かりでしょうか?

海路もすぐそばにあり、天然の要害に挟まれた要所なわけです。

 

「NHK大河ドラマに北条五代記を!」という垂れ幕がかかっていましたが、なるほどそれも面白いかもしれません。

旅先に行って初めてその地の出来事を知るのも良いのでしょうが、事前に色んな事柄を調べておいて、

その地に訪れるともっと楽しめるのかもしれません。

 

さて、手元の「小田原城関係略年表」では、

1590年 豊臣秀吉の小田原攻めにより、北条氏滅亡

となっています。

私も長年そうだと思っていたのですが、実は違うんですね。

北条氏第4代当主 北条氏政は切腹、若い第5代当主 北条氏直は高野山に蟄居。

この謹慎中に病没し、子がなかったことから嫡流が途絶えたのですが、その叔父の子氏盛が慶長5年(1600年)に家督をついで、1万1千石の河内狭山藩が立藩され明治維新まで続きます。

この狭山藩とは、今の大阪府大阪狭山市

南海高野線の「狭山遊園駅」があったところです。

(今は狭山遊園は閉園して大阪狭山市駅となっているようです)

私の父は定年までこの狭山にある会社で勤め上げた関係上、私はこの狭山遊園の隣町に小学校低学年の時に半年間住んでいたことがあります。

なので、おぼろげながら狭山公園のことを記憶しています。

 

今回の旅行を機会に、北条早雲こと伊勢宗瑞から小田原北条氏五代の歴史を辿っていくうちに、

その後の北条氏が連綿と続き、子供の頃住んでた隣町に藩屋敷があったとは思いもよりませんでした。

旅も深く掘り下げると、色々楽しめるものなんですね。